ディアスと月の誓約
『ディアスと月の誓約』乾石智子
乾石智子先生の作品との出会いはこの本だった。
それは少しもロマンチックでも衝撃的でもなかったけれど、今でもよく覚えている。
地元のよく行く本屋さんのひとつは、回転寿司の隣にある。その日は家族とお寿司を食べに行って、そのついでに本屋さんに寄ったのだ。目当ての本もなく、店内をぷらぷら徘徊していた時、出会いは訪れた。何の気なしに、淡い藍色の表紙の本を手に取って、パラパラとページをめくった。
気付いた時には引きこまれていた。家族が呼びに来て、我に返るまで無我夢中で読んでいた。
百七十年分のつぐないを、ぼくらがみんなで分けあってはだめか。誰か一人におしつける運命でなくてはならないのか。(中略)めぐる生命、めぐるとき、めぐるさだめ、それこそぼくら死者のためのものなのに。
このお話には、サルヴィという神秘的な生き物が登場する。正確には、ファンズと呼ばれる生物の中で特別な力をもった個体なのだが、まあその辺はいいだろう。
私はファンズを鹿のような、トナカイのような生物だと思っている。(事実主人公が鹿の一種だという説明している)
だからなのか、サルヴィは私の頭の中に、シシ神の姿を借りてやってくる。サルヴィは白銀色、と描写されているから、この想像はあまり正しくない。でも、その在り方に似ているところはあると思う。
サルヴィは、めぐる命の象徴だ。
我はまた生まれる。我らはまた生まれる。
月も沈まぬ月となる。
冷たい凍土にしっかり脚をつけて、生きていく獣の強さ。
やせた土地に縋りつく人間のか弱さ。
乾石先生はそれらを見事に描写しているが、私の文章力などでは半分も伝わらないだろう。当然だ。乾石先生が表現する世界には当たり前に魔法が存在する。それは、虚構の中だから存在できる魔法とは少し違う。だって、読者はその瞬間、魔法が存在する世界にいるのだ。お話の世界を遠くから眺めているのではなく。そんな芸当ができてしまう乾石先生の魅力を、素人が伝えきれるはずがない。
だからぜひ、一度乾石作品を読んでみてほしい。魔法や冒険が好きならなおさら。きっと気に入る作品があると思う。