いろはにほへと

本の紹介を、備忘録を兼ねて

やろか水

『やろか水』瀬川拓男

 

日本で生まれ育った人なら、「まんが日本昔ばなし」にお世話になった経験がある事は珍しくないはずだ。

 もちろん私もその一人だ。

呆れたことに私にはサッパリ記憶がないが、テレビアニメでも放映していたらしい。

じゃあどこで世話になったのかというと、家にまんが日本昔話の全集のような分厚い本があった。

幼い頃はよくその中から読み聞かせをしてもらったものだ。

お気に入りは『雉も鳴かずば』と『鉢かつぎ姫』で、『耳なし芳一』と『手長足長』はいつまでたっても怖かった。

 

そんな思い出の「まんが日本昔ばなし」だが、最近お話データベースなるものがあることを知った。

全1474話分のデータベースがあり、ものによってまちまちだが放送日やあらすじ、出典などを閲覧することができる。はぁ素晴らしきネット時代。

  

で、今日はその中から『やろか水』を紹介する。

放送日は私が生れる前だし、私が持っていた本にも載っていなかったので格別な思い出はないのだが、儚くて美しい情景がたいへん気に入った。

 

日本に限ったことではないかもしれないが、日本昔ばなしには治水に関する物語が非常に多いように思う。先に挙げた『雉も鳴かずば』は治水のための人柱に関わる話だし、有名な『大工と鬼六』なんかも架橋の話だ。

度重なる洪水に頭を悩ませた先人たちの苦労が偲ばれる。

 

この作品も洪水にまつわる話で、堤防を守る男と先の洪水で夫を亡くした女の恋物語でもある。

女の夫は、水門の守りをしていたとき、川上からきこえてきた「やろか、やろか」という声に「よこさばよこせ」と答えたために濁流に飲まれ死んでしまった。

女は夫を思いながら川に月見草の花びらを散らす。

 

みんな流されて死ねば良い、月見草は死に逝く者の足元を照らす

 

月見草の花弁に照らされながら、仄暗いあの世への道をぺったぺったと歩く人々を想像した。

美しい、そう思わずにはいられなかった。

思えば彼岸と此岸を分けるのも川だ。荒れる川のほとりで危うげに揺れる生と死のバランスがなんとも綺麗だ。

結局、女がこの打ち明け話をした男もあの「やろか、やろか」の声に「よこさばよこせ」と答えてしまう。

女にかっこいいところを見せようとでも思ったのだろうか。

女が撒いた月見草に照らされてぺったぺったとどこか遠くへ行ったに違いない。